本場のアイリッシュパブを名古屋で〜第17回 はたらくインタビュー【アイリッシュ・パブ シャムロック オーナー 伊藤治雄氏】〜
はたらく課第17回インタビューは、アイリッシュ・パブ シャムロック オーナー伊藤治雄さんです。大ナゴヤ大学でオーナーの伊藤治雄さんが先生になる「名古屋・伏見のまちかどでアイルランドに出会う!パブ・カルチャーとギネスビールの魅力」授業を開催することになり、お店に何度か顔を出すようになりました。常連の方ともお話しをする機会がたくさんあり居心地のいいお店。どのようなことを意識しながら、お店づくりをしているのか知りたくなり、インタビューをさせていただくことになりました。
—2010年に、このお店を開業したのですね。開業するまでの経緯を教えてください。
新卒で工作機械メーカに入社して働いていましたが、どうしても会社組織になじめなくて、3年程で退社。辞めた時点では、これから何をして生きていくか、全く考えていませんでしたが、会社員ができないのであれば、自分で何かやるしかないのかなと思っていました。
大学まで出してくれた両親に申し訳ない気持ちもあったので、とにかく何かはじめようと、これから高齢者が増えるだろうという漠然とした考えから、桑名にある実家の土地に、温泉を掘る計画をたてました。温泉を掘る仕事をしている友達がいたので、聞いてみたら、1m掘るのに100万円ぐらいかかると言われ断念。
何がしたいのかもわからずモヤモヤしていた時、このお店のすぐ隣にある40年以上の歴史があるパブ「英吉利西屋本店」さんに飲みに行く機会がありました。お店の中に入ったら雰囲気に圧倒されました。そこは、かっこ良くて、賑わっている大人の社交場でした。この雰囲気に惚れて思わず「ここで働かせてください!」と店長さんにお願いしている自分がいました。
—初対面でお願いするとか、なかなかできないですよね?
そうですよね。両親への想いもあって焦っていたのかな。チェーン店の居酒屋とはあきらかに違うスタッフさんの紳士的な対応やお酒はずっと好きだったこともあり、この機会を逃したくないと思ってました。
さすがに急なお願いだったこともあり、この時は断られてしまいました。2~3週間ぐらい後に、急遽スタッフに空きがでたのできてくれないかという連絡があり、働くことになりました。業界的に、25歳は始めるには遅い年齢。お酒の知識やサービス業の経験もガソリンスタンドぐらいしかなかったので、よく雇ってくれましたよね・・・。
お店の店長やバーテンダーは、3~5年働いた後に独立して、自分のお店を持つ方たちがたくさんいて、いずれ自分で何かしたいと思っていたので環境も良かったです。ただ、5年で独立しようと考えていたのですが、なかなかいい物件に出会えなくて、途中リーマンショックもあり独立するタイミングが遅れて、結局11年程勤めました。
—理想の物件に出会うことは難しそうですね。ここの場所(物件)とは、どのように見つけたのですか?
この場所は、もともとは床屋さんでした。水道管かガス管が老朽化して内装ごと改修する必要があったので同じビルの3階に床屋さんは移転しました。実は、移転することになる3ヶ月ぐらい前から、その床屋さんにたまたま通いはじめていて、移転の話しを聞いた時に、すぐにその跡地でやろうと決めました。
—修行していたお店の隣に、自分のお店を出すことに対するオーナーさんの反応は?
修行していたお店の隣でやるのは、正直どの業界でもタブーだと思うのですが、このあたりにパブは少なくて、近くに2件あることでお互いのお店の相乗効果が見込めるだろうということでオーナーさんから了承を得ました。物件のことも含めて、本当にラッキーでした。
—お店のコンセプトは、どのようにして決めたのですか?
静かなカウンターバーみたいな雰囲気は自分が苦手だったこと、ギネスビールやウィスキーが好きだったこともありパブをやりたいなと思っていました。
それで、2005年に新婚旅行でイギリスに行きました。その時に1日5軒ぐらいパブを見てまわり、その中には、300年以上の歴史をもつパブもありました。バースという都市を訪れた時にはじめて『アイリッシュパブ』に出会いました。その時は、演奏は少ししか見れなかったのですが、楽器を持ち寄ったりして楽しむアットホームで親しみのある雰囲気が良くて『アイリッシュパブ』をやることに決めました。
そして、本場の『アイリッシュパブ』をやりたいと考えていたので、開業前に1週間程アイルランドに滞在し、都市のダブリンを中心にパブを見てまわりました。パブは、アイルランド人にとっては、なくてはならない場で、地域の社交の場でした。
—『アイリッシュパブ』の魅力は何ですか?
日本にも喫茶店や居酒屋など、そこに行けば常連さんがいたり、色んな人に出会える場はありますよね。『アイリッシュパブ』という看板があったら、注文方法や楽しみ方は、世界共通。誰でも安心してキャッシュオンでギネス一杯飲みながら楽しめます。
アイルランドの方が大事にしている”クラック”という言葉。”親しみのある雰囲気”という意味で、『アイリッシュパブ』の特徴を表しています。気軽に声をかけて会話を楽しんだり、音楽を聞いたり、ダンスをしたり、ギネスビールを飲んだりできるアットホームな雰囲気が魅力です。
—お店を続けていく中で、日々大事にしていることはありますか?
お客さんが、お店に来た時よりも笑顔になって帰っていく雰囲気づくりを大事にしています。この考え方は「英吉利西屋本店」さんで働いていた時に教わりました。お酒をつくるだけでなく、お客さんの話しを上手に聞いて、楽しい時間を過ごしてもらうことも大事にな仕事の1つです。
また、お店にはじめて来た方が、他のお客さんや常連さんと共通の話題で盛り上がり、繋がりを感じて今日ここに来て良かったと思ってもらえるように間を取り持つなど、つなげることも優先順位の高い仕事です。何かしらの共通点はあるのではないかと探しながらいつもお客さんと会話しています。
お客さん同士で「今日はあの人来てないの?」という会話がお店をはじめて5年経て、ようやく生まれるようになってきました。
—5年間の積み重ねですね。次の展開は何か考えているでのしょうか?
これまでは、カウンターの中と外で、お店側の私とお客さんという関係性を明確にしてきました。お客さん同士の雰囲気が良くなってきたこともあり、お店が休みの日に花見や忘年会を開催するなど、お店以外でもお客さん同士がつながれる場をつくっていこうと考えています。
その集大成が3月に名古屋で開催されるセント・パトリックス・デー(※)のパレード。お店の常連さん皆でシャムロックのユニフォームを着て参加し、その後はお酒を飲んだり音楽を聞いたりしながら、まだ会ったことがない常連さん同士も一緒に盛り上がれたらいいなと思っています。
※アイルランドにキリスト教を広めた聖人セント・パトリックの命日が由来となっているアイルランドの祝日セントパトリックスデー。アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、日本などでも盛大なパレードが行われています。
—最後に伊藤さんにとっての”はたらく”とは?
楽しみながら生きていきたいので、”はたらく”ことは、楽しいことをするための一つの手段です。お金を稼ぐことや家族を養うことは、生きていくうえで基本的なことなので、それプラス、小さなお店ですけど自分達でやっているという意識を持ち、楽しく働いていきたいです。私たちが楽しんでいないとお客さんも楽しくないと思うし、楽しんでもらうことが次に繋がっていくのかなと思っています。
—お話しを聞いている中で、飲みに訪れたお店で働かせてほしいと交渉すること、通っていた床屋さんが営業していた物件が空いて、そこでお店をやることになるなど、偶然の出会いから生まれた出来事を次に繋げていく判断力、決断力、行動力が新しいことにチャレンジするうえで必要なことなのかなと感じました。また、自分が楽しむことはもちろんのこと、その先にいるお客さんに、どう楽しい時間を過ごしてもらうかという利他の心の大切さは、どんな仕事にも通じること。改めて、自分や組織を中心にして仕事を考えていないかと、見つめ直すよい機会になりました。—
取材日:2016年2月18日/取材者、記事:大野嵩明、写真:大野嵩明、koji、都築佑那