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2013-09-05

遊びも仕事もとことんやる〜第7回 はたらくインタビュー【株式会社Beans Bitou 代表取締役 焙煎士 尾藤雅士氏】〜


株式会社Beans Bitou 代表取締役 焙煎士 尾藤雅士

はたらく課第7回インタビューは、株式会社Beans Bitou(ビーンズビトウ)の代表であり焙煎士の尾藤雅士さんです。 大ナゴヤ大学でコーヒー授業の先生をしてくださった尾藤さんは、豆を仕入れて自家焙煎し、お店で挽きたて淹れ立てのおいしいコーヒーを提供されています。そんな尾藤さんに、一杯のコーヒーに対するこだわりや想い、そして“はたらく”についてお伺いしました。

—本日はお店ではなく、焙煎工場で取材をさせていただき、ありがとうございます。

尾藤 こちらこそ、ありがとうございます。この場所を見てほしかったのです。日進市にあるこの場所は25年前私の父が冷凍食品の倉庫として使っていた場所なんです。喫茶店と冷凍食品の卸を営んでいた父。私が小学校の低学年のときに他界してしまったため声も覚えていないのですが、その分とても思い入れがあります。

父が他界して開かずの間になっていた倉庫、母親が継いだ喫茶店ポピーを私が喫茶神戸館として継いだことから、この場所を焙煎工場として利用することに決めました。今では週3日のコーヒー豆直売所としてお客様も来てくださるようになりました。

庭の畑で取れた野菜を持ってきてくれる近所の方、遠くから来てくださる方、TV局の取材、そして今日は大ナゴヤ大学さんの取材。父から継いだビジネスでこの場所に人が集まることが嬉しいです。

—冷凍食品の倉庫だったとは思えませんね。

尾藤 大工をしている友人が消毒してコンクリを打ち直しキレイに作り直してくれました。当時のままになっていた巨大な冷凍庫を取り出し、デスクを入れ、この焙煎機は結婚を機に買い換えようとしていた車の代金をはたき購入しました。

あ、でも、父親の思い出を残したくて棚はそのままにしてあります。片付けをしていて見つけた父が描いた自画像、父がデザインした『喫茶ポピー』の看板も飾っています。20代まで好きなことをしてきたけど、『喫茶神戸館』をオープンしてようやく父に向き合うことができました。

—20代はどんなことをされていたのですか?

尾藤 小学校6年の時にギターを買ってもらってから音楽にはまり、20代はバンド活動中心の生活でした。自主制作でCDを出し、バンド活動の費用を稼ぎライブのために時間が自由に使えるよう、個人事業主として配送のドライバーも5年間。名古屋から岐阜県恵那市までの定期便の配送など、きれいな景色を見ながらバンドのために頑張りました。バンドは今も続けて楽しんでいて、実は今度、久しぶりにレコーディングをするんですよ。

ギターも歌も下手だけど好きなんです。技術より表現。自分の好きなことだけをしてきました。だからプロを目指すことは考えられなかった。今は自分のことをプロの焙煎士と呼べます。自分のためではなく、お客様のために、自然にとことんできるからです。

—尾藤さんにとってプロの焙煎士とは何ですか?
尾藤 一杯のコーヒーに対するこだわりを持ち、とことん焙煎できる人ですね! 母からお店を継ぎ、より美味しいコーヒーを求めていろいろ調べていたときに、自家焙煎という方法を知りました。始めてみると思い通りの味のコーヒーにならなくて、毎日夜も眠れないくらい悩みました。悩んだ末、有名な焙煎工場にアポイントなしで飛び込みました。

その時に出会った師匠が「プロの焙煎士」です。『飛び込みで来るやつはいなかった。驚いた』と私の勇気を買ってくれていろいろ指導してくださいました。師匠からの宿題をしていたある日の真夜中3時、焙煎工場に顔を出してくれて『まだ、だめだな!』と朝までつきあってくれました。私はもう寝ようかと思っていた時間でしたので、師匠のこだわりに衝撃をうけました。

毎日味が違う。毎日研究。ハンドピッキングでよい豆を選別して焙煎する。焙煎した豆を挽いて淹れる。煎る温度、時間によって味が変わる・・・。

毎日1リットルから2リットル味見をしながら味にこだわりました。 毎晩ほとんど寝ないでお店と焙煎工場を往復しました。自分の納得いく味を出すために。 現在は20カ国の豆を取り寄せていますが、現地まで赴くこともあります。今後ミャンマーへの技術指導で有機農法を行っている農園へも行きます。ただ焙煎して淹れるのではなく、産地のことも語れる、生産から消費までこだわりを持つレベルの高い焙煎士を目指しています。

—これだけ手間隙かけたこだわりのコーヒーを1杯350円で提供されるのはなぜですか?

尾藤 コーヒーが美味しいのは当たり前で、気軽に顔を出したくなるお店にしたいという理想があるからです。喫茶神戸館はカフェでもなく、シアトル系のコーヒー店でもなく、純喫茶。母親が経営していた前身の喫茶ポピーの影響でしょうか、名古屋の昭和の文化に憧れがあるんです。

食事では、モーニングセット、小倉トースト、鉄板イタリアンスパゲティを提供。昔ながらのコーヒーチケットも用意しています。お客さんとの距離を大切にしたいからです。「いつもの…」と言ってくれたり、名前で会話ができる常連さんが増えて、『接客がいいね!』といわれることが嬉しいですね。

—お母様の影響が強いのですね!

尾藤 はい、母を尊敬しています。私が子供の頃、母は毎朝6時に日進の家を出て名古屋駅前のお店『喫茶ポピー』までバスと電車で行き、夜は9時に帰ってきて食事を作ってくれました。学生の頃に厨房を手伝いながら見た母の接客は、子供ながらに『品がある』『お客さんとの距離感、会話がいい!』と思えました。

『いらっしゃいませ!』ではなく、『おはようございます』。『ありがとうございました。』でもなく『いってらっしゃいませ!』。

この挨拶は、『喫茶ポピー』時代からのものです。料理の経験も違います。盛り付けひとつ、ちょっとしたことへの心遣い・・・かないません。今でも母のおかげで来てくださっているお客様がいます。母は私に店を任せた後、気をつかってホールに出なくなりました。自分がやれば上手くいくのに黙って見ている。この部分も勉強になっています。

母親の背中を見て育ってきました。 まだ今は素直に『ありがとう!』と言えませんが、一杯のコーヒーで成功することで感謝を伝えたいと思います。

—ギフト事業ではお客様のメッセージを伝えられていますが?

尾藤 はい。自分で自分の思いを伝えるのは難しいですね!(笑)ブライダルギフトとしてオリジナルブレンドをつくって引き出物にしているのですが、ご好評いただいています。新郎新婦のお二人とお会いして出会いから今までのことをじっくり伺います。「あの時、そうだったの?」なんて会話もあります。

そんな数多くの思い出をコーヒーの味に置き換えてブレンドし、そのブレンドに歌詞のようなメッセージを加えます。プロにはなれなかったバンド活動で培った作詞が活かされています。結婚式当日の動画でご両親にコーヒーを渡すシーンでは、その様子を見て感動してしまいました。大量生産の焙煎工場にはできないこと。時間をかけてメッセージを代弁します。

—店舗開業支援事業もスタートされましたね。どうしてですか?

尾藤 開業する人には、『夢を持っている人』『ただ憧れだけで始める人』がいます。どんな想いでやっているかが重要なのだと思います。1年間結果が出ないと気持ちが貧しくなります。「今」これやったほうがいいよ!という言葉が全く耳に入ってこなくなります。開業前からしっかりサポートできたらと思って始めました。

私が経験したこと、師匠に教わったこと、それはとことんやること。開業を考える人からやりたいことを伺って実現のサポートをします。オープン前は毎日お店に伺います。真夜中のミーティングにも参加します。

私が卸事業を始めたとき、営業経験はありませんでしたがとことんやりました。コーヒーのサンプル持って通うこと1年間、ずっと取っていただくことが出来ないこだわりのコーヒー店があったのですが、このサンプルを届けたらもう通うのをやめようと思ったある日、そのお客様から年賀状をいただき、それから半年間引き続きサンプルを届けました。

「はじめてコーヒーの新しい扉を開けることができた。」と喜んでいただけたそのお店は、今では一番大きな取引先です。

あの時あきらめていたらこのつながりはなかったと思います。とことん自分の引き出しからアイデアを出し尽くし、お客様に伝える。「生産者の気持ちも伝わったよ。」とも言われました。どんな事業も同じだと思いますが、とことんやる!やり続けることが重要なのです。開業する方にはそのことを伝えたいと思います。

—今までの活動は全てつながっているのですね?

尾藤 そうなのです。父と母の後姿を見ていたことや20代に頑張ったバンドの活動は、師匠との出会い、今いちばんの取引先とのつながり、コーヒー農園とのやり取りや店舗のコンサル、ブライダルギフト、喫茶神戸館の運営につながっています。どんな経験も無駄ではないと思えます。

—最後になりますが、尾藤さんにとって『はたらく』とは?

尾藤 『生きる』ことです。稼がないと食べられない。夢がないとつまらない。新しいことや刺激がないと生きられない。遊びも仕事もとことんやります。振り子のようにどちかが大きくふれるともう一方も大きくふれると思います。全力で生きます。

―夜8時から始まった今回のインタビュー、実際に焙煎して煎りたてのコーヒー豆を食べさせていただいたり、焙煎した2種類の豆を挽いて飲みくらべをしてくださったり、焙煎士である尾藤さんの思いを3時間じっくりうかがいました。このインタビューにも、とことん対応してくださいました。両親のはたらく姿を見て学ばれた『はたらく』は、『生きる』。ストレートに伝わりました。―

≪ 株式会社Beans Bitou
≪ 喫茶神戸館

取材日:2013年7月11日/取材者:前田智絵、大野嵩明、若尾和義 /写真:大野嵩明、若尾和義 /記事:若尾和義 /校正:前川みどり