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2022-09-16

海苔の可能性を引き出し、つくる人も食べる人も輝かせたい〜第28回 はたらくインタビュー|坂井海苔店 坂井宏〜


第28回はたらくインタビューは、株式会社坂井海苔店 取締役の坂井宏さんです。大正9年創業、100年以上の歴史をもつ「坂井海苔店」。愛知県海部郡飛島村に本社を置き、名駅5丁目堀川沿いに「名古屋店」、マルナカ食品センター内に「柳橋中央市場店」を構えています。

日本人にとっては身近な食材である海苔ですが、海苔店の仕事とは具体的にどんなものなのでしょうか。海苔のおいしさを伝えるための活動や、現在に至るまでの心境の変化などを語っていただきました。

プロフィール
1979年生まれ。愛知学院大学情報社会政策学部卒業後、食品会社や海苔メーカー勤務を経て、2009年に家業に戻る。坂井海苔店5代目後継予定者。

見た目だけでは評価できない、海苔のおいしさ

—まずは、仕事内容について教えてください。消費者に海苔を届けるまでにはどんな工程があるのですか?
「坂井海苔店」では商社として乾海苔の業務用卸をしているほか、一般消費者向けの小売販売、一部商品の加工も行っています。

消費者に海苔を届けるまで……というと、流通のしくみからお伝えしておきましょうか。海苔の流通は分業制で、みなさんの手に海苔がわたるまでにはいろいろな人たちが関わっているんです。漁師さん(生産者)が養殖・収穫をして、各地域の漁協(漁業協同組合)が検査・等級付けをする。次は、県の漁連(漁業協同組合連合会)によって集められて入札会へ。そこで私たちのような商社が買い付けをします。

私自身の仕事としては、仕入れや管理、販売まで全般的に、といったところですね。名古屋店の2・3階にある加工場で、焼き加工や刻み加工もしています。


写真提供:坂井海苔店

—海苔の生産背景について、今まで意識していませんでした。仕入れをするときには、“良い海苔”をどうやって見極めているのでしょう。
漁協では色や艶などの見た目の良さで等級付けがされているのですが、坂井海苔店では、実際に食べてみたときのおいしさを重視して“良い海苔”を選んでいます。

—海苔の見分け方は、どこで勉強されたのですか?
家業に戻る前に、取引先の海苔店で半年間修行しました。

大学卒業後、食品会社で6年半くらい働いて食品の流通などを幅広く学んだあと、将来的に坂井海苔店を継ごうと決めたのですが、父に「継ぐなら修行してこい」と勧められて。修行先の海苔店は大手の会社で、最高級の海苔がたくさんそろっていました。仕分け作業を手伝いながら、目利きの力を身につけられたと思います。

家業に戻って働くうちに実感したのは、「見た目と味が比例するとは限らない」ということ。それに、海苔のおいしさにはいろんな要素が含まれていると思うんです。たとえば、艶があって柔らかい海苔でも、香りが弱いことも。一方で、艶はあまりないけれど香りが豊かな海苔もあります。歯切れや口溶けなどの特徴や、「この料理ならぴったり合う」という長所も含め、複合的に評価をするようになりましたね。

高級な海苔=良い海苔ではなく、用途やシーンによって最適な海苔は異なるのではないでしょうか。

寿司にもフレンチにも!海苔の魅力を伝えたい

—仕入れた海苔は、どんな店で使われているのですか?
主要な卸先は寿司店です。ネタによって海苔を使い分けて、複数種類の海苔を使ってくれている店もあります。最近だと、フレンチレストランの料理にも使われていますね。たとえば、四角く成形する前の“あおさ”のような形状の海苔にウニをのせた料理はすごく綺麗ですよ。海苔をウニの殻に見立てているんです。

海苔の焼き加減も、料理に使われたときにちょうど良い味わいになることをめざしています。あまり焼きすぎると、旨味が飛んでしまうんです。実際に料理を食べてみないと安心できないので、卸先の飲食店へ食事に行って味を確かめることも。

あとは飲食店だけでなく、同業者に原料を卸売することもあります。

—海苔が活躍するのは和食だけじゃないんですね。小売販売ではどんな商品があるのでしょうか?
伊勢湾・三河湾内の各産地や、日本最大の海苔の生産地である有明海などの板海苔を袋詰めした商品を各種扱っています。セット商品にも力を入れていて、さまざまな産地の海苔を食べ比べできるセット、海苔網から最初に摘みとられた各産地の「一番摘み海苔」のセット、プロの寿司職人も使っている寿司海苔のセットなどがあります。店頭に一般のお客様が買い物に来てくれることも増えましたね。

—店頭に足を運ばれる方々は、どこで坂井海苔店さんの存在を知ってくれたのでしょう。
マルシェイベントで知ってもらったり、口コミを聞いて来店されたり。久屋大通公園などで開催されている「ソーシャルタワーマーケット」には、2014年からずっと出店しています。今年10月に名古屋城で開催される「ソーシャルキャッスルマーケット」にも出店予定です。

昔は海苔といえば高級食材でしたが、近年は海苔に対する評価をあまり感じられず……。一般的には地味なイメージのため、初めて出店するまでは本当に魅力が伝わるのか心配でした。でも、たくさんの人たちがブースを訪れてくれて、海苔を試食して「おいしい!」と笑顔になる様子を見たら、海苔ってこんなに人気が出るものなんだと気づきました。自分が思っていたより、海苔にはもっと可能性があるんじゃないかと。それから小売にも力を入れるようになり、どうすればおいしさをより伝えられるのか、日々考えています。

旨味、塩味、香り……違いを知って、好みを探す楽しみ

—商品と一緒に、テイスティングシートも配布しているとか。
そうなんです。おいしさを伝える方法のひとつとして、このシートができあがりました。産地ごとに、味の濃さ、塩味の強さ、柔らかさといった特徴をまとめています。食べ比べをしながら味を確かめてもらえるよう、自分でメモを書き込める欄も。

産地によって、水温や海流の状態、栄養素の量などが異なるため、味の違いが生まれるんです。海の環境は変化し続けるので、その時々で品質に差もありますが。地元の海苔店として“産地の味”を伝えていきたいなと。

最近、海苔の個性を視覚的に区分したチャートも試作しています。横軸は味のタイプ、縦軸は旨味レベル。同じ海苔でも人によって感じ方が変わると思うので、テイスティングシートやチャートを見ながら自分なりに違いを感じてほしいですね。

—ワインやコーヒーのように、海苔も人それぞれの好みを楽しめる“嗜好品”なんですね。
だから奥が深いんです。それに、自然界の天然の旨味をそのまま楽しめる食べ物って、ほかにあまりないのでは? 私が家業に戻ることを決めたのも、漁連の入札会を見学したときに試食をさせてもらって、「海苔ってこんなにおいしいんだ!」と感動した経験があるから。味付け海苔もおいしいですが、海苔そのものの旨味に価値を感じてもらえたら嬉しいです。

坂井海苔店の経営理念は「海苔の真の力を輝かせる」、「料理する人を輝かせる」。みんなに海苔の本当のおいしさを知ってもらい、もっと輝かせていきたいです。

生産者・消費者がいるからこそ、成り立つ仕事

—仕事をしていて、いちばん「楽しい」と感じるのはどんなときですか?
やっぱり、おいしい海苔と出会えたときですね。自分がおいしいと感じた海苔を飲食店に卸した際に、店主さんや職人さんに「この海苔いいね!」と言ってもらったり、「食事をしたお客様から『おいしい』という声があった」と聞いたりすると嬉しいです。

—嬉しいこともある反面、大変なことや苦労もあるのでは。
その年の海の状態によって品揃えが変わるので、自然に左右される点は大変ではありますね。海苔は20℃以下の一定水温で生長するため、このまま温暖化が進んだら養殖業にも大きな影響が出るかもしれない。儲けが出なくなれば漁師さんも減ってしまうだろうし、漁師さんがいなければ私たちの仕事も成り立たない。養殖・収穫を続けてくれている生産者のみなさんには感謝しています。

—海苔の流通は分業制とのことでしたが、生産者の方々との交流はあるのでしょうか?
漁師さんとは仕事で直接やりとりすることはないですが、海苔漁の仕事について勉強したくて、お話を聞きに行くことはあります。海に出るときは天気図を読み取って判断したり、収穫するにも潮の満ち引きからタイミングを見計らったり……。漁師さんの仕事に密着した様子を動画にまとめて、YouTubeにアップしました。雑談の中で直近の収穫状況をいち早く教えてもらって、逆に私のほうからは流通・販売に関する情報を提供することも。今後も交流の機会を設けられると良いですね。

創業100余年の歴史を、未来へつなぎたい

—そのほか、これからやってみたいことはありますか?
海苔のさまざまな楽しみ方を提案していきたいですね。今年の夏には、西区・四間道にある「うなぎ家 しば福や」さんとコラボした、うなぎと海苔のギフトセットも発売しました。

近頃は、あえて海苔を巻ききらずにネタを見せる「寿司ドッグ」と呼ばれる居酒屋メニューなど、新しいスタイルの寿司も増えているみたいで。坂井海苔店でも現在、楽しみながら簡易的に寿司をつくれるキットを開発中です。

新しいことに挑戦しつつも、軸はブレないように。おいしい海苔を地域の人に届けることで、大正9年から続く坂井海苔店の歴史を未来につなげていきたいです。

―最後に、坂井さんにとって“はたらく”とは?
人の役に立つこと、ですかね。働くことを通して、人に喜んでもらい、感動してもらうことで、自分が生きている実感を得られます。

—海苔の可能性を信じ、深〜い“海苔愛”を見せてくれた坂井さん。取材後、坂井海苔店さんの海苔を食べ比べてみると、坂井さんの言う「天然の旨味」とはこのことか、とわかった気がしました。ワインやコーヒーを選ぶように、海苔を選ぶ人が増えてきたら、海苔業界はもっと面白くなるかもしれません。坂井さんが紡いでいく“海苔のこれから”が楽しみです。

取材日:2022年7月26日/取材・文・撮影:齊藤美幸